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2026年度

長野青年会議所

2026年度理事長所信

「真華」
~ 時を得るために ~

「時を得る者は万物を得る」
18世紀イギリスの政治家ベンジャミン・ディズレーリの言葉である
時流を的確に捉えることができる者はあらゆるものを手にすることができる
過去 現在 未来 それぞれの時を想い我々の愛する地域のために運動を起こし
躍進を遂げてきた長野青年会議所
急速に発展する現代社会において我々の真価が問われている今こそ
Jayceeとしての進化を遂げ
真理の華を咲かせよう

はじめに

 私の職業は僧侶である。実家はお寺ではないが様々なご縁をいただき二十歳になる頃、僧侶として生きる道を決意した。当時山梨県の大学に通っていたが仏教を学ぶために東京の大学へ再入学し、平日は学問、土日は横浜のお寺で修行する日々を送った。横浜での修行の日々は、僧侶の「そ」の字も知らない私の甘い考えを叩き直され、それでもひた向きに、前向きに修行に取り組んでいたが、今振り返ると、相談できる同志がそこにはおらず辛く孤独な日々であったと感じる。約7年の修行を終え、地元の長野市に戻り自坊でお勤めをすると同時期に、歴代理事長でもある私の住職から長野青年会議所を勧められ入会を決意した。入会当初は自坊で覚えなくてはならないことが山積みで、青年会議所に割く時間を確保できずにいたことや、組織に属したことのない私が様々な職種の先輩とチームになり事業に取り組むことへの経験不足からあまり事業に参画できず先輩方に迷惑をかけてしまった。今思えば当時の私は、このまちのことを真剣に考えたことがあっただろうか。青年会議所が掲げる理念を理解しようとしていただろうか。先輩たちの熱き想いを感じようとしていただろうか。皆が流した涙の理由を知ろうとしていただろうか。長野青年会議所で過ごすうちにこのような考えを自問自答するようになっていた。その答えは中途半端な気持ちで探して見つかるものではなく、青年会議所の責務を全うするうちに朧気ながら見えてきた。青年会議所は1年ごと事業方針や委員会や役職が変わるため「不連続の連続」と言われている。私も副委員長、無任所理事、委員長、副理事長と様々な役職を任命されるなかで青年会議所の理念を理解しようとするようになり、事業の向き合い方やメンバーとの接し方を自然と考えるようになっていた。青年会議所で培った考え方は、仕事や私生活において確実に活かされていると感じている。もしも青年会議所に入会していなかったらどの様な生活を送っていたのか、そう思うとふと不安になることがある。今の自分があるのは青年会議所に育ててもらったお陰なのだと確信している。そしていつの日か自分の持っているすべてを掛けて恩返しがしたいと思うようになった。そのためにはこの組織の真髄を知る必要がある。
 戦後間もない1953年25名の志高き青年たちが長野青年会議所を発足した。混沌とした社会情勢において様々な困難が降りかかる中、若きリーダーたちが「明るい豊かな社会」の実現を目指して地域社会を再建し、平和で持続可能な社会を築くために歩みを始めたのである。この創始の想いは73年経った今でも絶やすことなくメンバーへと受け継がれている。しかしながら、私たちはその創始の想いを真の意味で受け継ぐことができているのだろうか。当然のことながら、過去に戻って当時の光景を見ることは不可能だが、毎日のように取り組んでいる事業の中にこそ先達の想いが込められ、承継されているのだと感じる。過去も今も未来も、私たちの愛するまちがより良くなるための社会課題に取り組み、仲間と共に青春を過ごした青年会議所が存続し続けるために、青年たちのリーダーシップの開発と成長の機会に寄与し、知恵を振り絞ってきた魂が変わることはない。そのことにメンバー一人ひとりが気付くことができれば自ずと先達への敬意や仲間への感謝が生まれてくるはずだ。そして次代を担う若者にその想いが承継され、時代に応じた変化を取り入れつつまちのために更なる運動が推進されると信じている。
青年会議所の更なる発展のためには、我々の運動の使命や理念を理解することは必要不可欠であり、このまちのリーダーになるためには常に真理を追究する心を育て、まちの課題と市民が求めていることを的確に読み取るための調査研究を徹底しなければならない。そして若者らしい大胆かつ柔軟な発想を抱き、情熱的に挑戦し続けることが「明るい豊かな社会」の実現の一助となるはずだ。そして次代の仲間たちに志を手渡すために私自身がその覚悟をもって先頭に立ち、全会員と共に真価を発揮し、進化を遂げよう。

攻守の要

 長野青年会議所は伝統ある組織として規律を重んじ、厳格な組織運営のもと総会や理事会を開催している。組織の根幹はなにがあっても揺るぎなく、安定的に機能しなければならず、我々の理想とする運動を推進するうえで不可欠な存在である。また、当会議所は長きに亘り、公益社団法人として社会全体の利益増進に寄与するために、公益性と信頼性を追求し、透明性の高い事業計画や財務状況を遵守している。これからも会員やシニアクラブの先輩、各諸団体からお預かりしている予算を運用するために適正な管理形態と慎重な議論を行う必要がある。しかし、近年会員数の減少による事業費の確保が困難になりつつあるなかで、運動の歩みを止めないために総会や理事会において多くの会員に出席を促すとともに、会員全員に向けて組織の根幹を担っている責任をあらためて伝播しよう。
 また、広報は長野青年会議所と市民を繋ぐ効果的なツールであるとともに、社会からの理解と信頼を獲得し、組織の価値を高めるうえで極めて重要な役割を担っている。長野青年会議所は単年度制でありながらも常にまちにインパクトのある事業を創造し展開している。しかしながら、その事業に込められた想いやまちに与えた効果を全世代に向けて広く発信できているのだろうか。広報は対外に向けて最も攻めの姿勢を見せることが大切だと考える。我々の掲げる理念やビジョン、画期的な事業や組織運営の風景、さらには唯一無二の長野青年会議所の魅力を効果的に社会に伝えることで、長野青年会議所独自のブランドイメージを確立し、向上させることに取り組みたい。これにより、長野青年会議所のポジティブなイメージが拡充され、市民からの信頼がより強固なものになるだけでなく、会員のモチベーションも向上され、JC運動の更なる発展に寄与することができる。組織の守りを固め攻めの広報に邁進しよう。

Jayceeとしての矜持

 JCに真摯に向き合って運動に取り組んでいると、運動を通して自然と自己成長に繋がるのだと実感することがよくある。40歳までの制限が課せられた単年度制の組織運営によって新陳代謝が良くなり、新しいアイデアを常に取り入れることができるとともに、多くの会員が役職を担うことができ、時には長野市を飛び出して日本青年会議所や北陸信越地区、長野ブロックに出向し知見を広げることで、組織を学びながら個人のスキルアップになるのだ。また、事業構築のための議案書及び資料作成、正副理事長会議への参画により物事の進め方のノウハウを学ぶことができる。そして先輩たちの頑張っている背中を見て自分もやってみようというチャレンジ精神が呼び起こされる。言うまでもなく、これらをやり遂げることは容易ではなく、仕事や家庭の合間を縫い、多くの時間を費やし、ときには睡眠を削って取り組まなくてはならない。そして何より辛く感じる瞬間は「孤独」に苛まれることだと思う。なぜ自分だけがこんなに辛い思いをしなければいけないんだ、なぜ誰も助けてくれないんだ、様々なネガティブな感情を抱えながら孤独に乗り越えなくてはならない。役職を担っている会員に限らず、新入会員でさえ同じような気持ちでいるときがある。私自身もそうだった。新入会員や出向者、すべての会員に対してフォローアップ体制を充実させ、やりがいをもって更なるJC運動に邁進してほしい。
 また、全会員が平等に学びを得られる場である例会の出席率が近年減少傾向にあり、例会の意義について軽視されているように感じる。例会は委員長が掲げる委員会方針を元とした事業を、委員会メンバーと共に思慮を深め、登壇して発表する貴重な機会であるため、まさしく英知と勇気と情熱をもって明るい豊かな社会を実現するための根幹だと考える。発表者側は会員の時間を頂いている自覚と、学びたい意欲を向けられている役目に対して、学びを得られる機会を創出する責任があることを改めて理解し、傾聴する側は仲間たちが緊張しながらも一生懸命発表している姿に対して心と体を向けて答える責任があることを理解する機会が必要だ。大切な仲間と過ごす一日一日を有意義に過ごすために、会員に寄り添う支援に力を入れるとともに、Jayceeとしての矜持を高めよう。

赫々たる未来のために

私たちの住まう長野市は歴史的建造物や豊かな自然、首都圏や北陸へのアクセスの良さなど多くの魅力に溢れている。長野県内だけでなく近隣都市からも長野市の魅力に惹かれ年間約1万人が転入している。私は東京、横浜に住んでいた時期があるが、長野市に帰郷し、長野青年会議所で仲間と共に運動を推進していくなかで、このまちが秘める力の大きさに改めて気付かされた。JCに出会って様々な経験を積むなかで、私は胸を張ってこのまちを愛していると言える。しかしながら、それと同時にこのまちの抱える課題にも向き合わなければならない。国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、2060年には長野市は総人口約27万4千人になると予測されており、本格的な人口減少の局面を迎える。これに対応するため、長野市は令和9年から持続可能なまちづくりを推進するための「次期長野市総合計画」の策定を進めている。経済や政治の変革期が訪れようとしている今、長野青年会議所だからこそできる大胆で画期的な事業を明るい未来に向けたスターターとして取り組んで参りたい。青年会議所は創設当初から恒久で不変な世界平和の実現、そして明るい豊かな社会の実現に向けてJCI Creed、JCI MissionとJCI Visionを掲げている。これは青年会議所としての大きな長期ビジョンであり、長野青年会議所はその軸からずれることのない中期ビジョンとして各周年の際に未来ビジョンを策定し、実行してきた。現在進行形で創立70周年未来ビジョンに向けて運動を推進しているなかで、残り7年の期間で目指すべき姿に辿り着けるよう、未来ビジョンの解釈をより深め、具現化できるように圧倒的な行動力を示していきたい。特に2025年度に実施した1998年長野冬季オリンピックに関する調査研究を通じ、改めて「世界に誇るNAGANO」の真価を実感した。オリンピック招致運動と青年会議所運動との確かな結びつきをさらに探求し、その精神と誇りを市民や会員へと広く伝播していきたい。その中で、市民が何を求めているのかを徹底的に調査し、自分たちの利益だけで終わらせるのではなく、利他の心を追求していきたい。そのためには全会員がJC運動に対して気概を持って取り組むことは必要不可欠であるのだが、近年志半ばで退会してしまう会員も少なくない。勇気をもって長野青年会議所へ入会を決意してくれたにも関わらず、右も左もわからないまま事業に参加し、多くの負荷をかけられ、意欲を削がれてしまい、満足のいくような成長の機会を与えられていないということが要因として挙げられるだろう。未来ビジョンを達成するために全会員が真剣に、本気で、楽しみながらJC運動に邁進し、そのような姿勢こそが、市民にとってJC運動の素晴らしさを感じるきっかけとなり、やがて市民一人ひとりにとっても、リーダーシップの育成や成長の機会へとつながっていくのである。我々にはこのまちを変える力があることに自信と誇りをもち、未来に向けた運動を推進しよう。

会員拡大運動の最大化

 かつて、200名を超える情熱あふれる会員たちが運動を推進し、全国のLOMから一目置かれる存在であった長野青年会議所。そして2026年現在、人口約36万人の長野市において、なお100名を超える会員が在籍し、地域に根ざした活動を力強く展開している。人口比率から見ても、全国のLOMと比べて高い水準を誇り、その存在感は今もなお健在である。しかしながら、近年の入会者数は減少傾向にあり、JC運動の一丁目一番地と言われる会員拡大運動が最大限に行われていないと捉えている。その理由として、全会員が会員拡大運動に対する当事者意識を持っていないことが一番の要因だと考える。長野青年会議所は例年会員拡大委員会を設置し、委員長を筆頭に会員拡大運動に取り組んでいる。しかし当然のことながら会員拡大委員会が単独で勧誘をしても入会者数はわずか数名にとどまるのが現実である。だからこそ全会員が会員拡大運動を自分事と捉えて一丸となって取り組むことで一人でも多くの青年にリーダーシップの開発と成長の機会を提供することができるのだ。
 会員の減少により、事業構築に充てる予算は減少し、事業規模の縮小や、まちに与えるインパクトの低下は避けられなく、会員を増やさなければ、会員自身、市民、そしてまち全体にとって、課題解決の面で大きな損失をもたらすことになる。だからこそ、我々は常に危機感を持ち、会員拡大運動に真剣に取り組む必要がある。また、会員一人ひとりがJCという団体は何を信条として、何を目的とし、誰のために日々運動しているかを理解する必要がある。それを相手に伝えるために多くの人と交流の機会を設け、対話の能力を磨かなくてはならない。仕事も家庭もJCも全力で頑張っている自分自身に誇りを持ち、JCで得た人間力を発揮することが新たな同志を迎え入れるための第一歩である。その先頭に立つのは会員拡大委員会だけでなく、全会員である。会員拡大運動に対する私の想いを全会員に伝え、進むべき道へ導き、一人ひとりが今日から行動を起こそう。

寄り添いあう国際交流

 青年会議所は「若きリーダーが国際的なネットワークを先導する組織となる」というビジョンを掲げている。長野青年会議所はまさにこのビジョンを大切にし、実現するために姉妹青年会議所であるソウル江北青年会議所と友好青年会議所である台中國際青年商會との交流を永きに亘り続けている。年に数回しか会える機会がないものの、たまに会えば言語も文化も違うなかで共に笑いあい、酒を酌み交わし、互いのJC運動や自身のことを語り合う。これこそ世界平和の象徴であり国際的なネットワークを先導する組織となるうえで欠かせないことだと確信している。
 世界情勢を見渡してみると、ウクライナ紛争やシリアの内戦、アフガニスタンやパレスチナの紛争と様々な国で長年に亘り紛争が続いている。それぞれに複雑な要因があるものの、まさに今多くの人々の血と涙が流れていることは事実だ。我々は恒久不変な世界平和の実現を使命としているからこそ、この事実を決して他人事にしてはならないし、考えることを放棄してはならない。一方で自国に目を向けてみるとインバウンドの影響が凄まじく年間で約4000万人の外国人が日本を訪れ、GDPの約0.9%に相当する影響を与えている。しかし、地元住民にとってはインフラの過負荷や物価の上昇や治安の悪化等、様々な問題が生じている側面もある。長野市においても同様の影響はあるが、特にインバウンド観光事業は急激に上昇し経済に大きな好影響をもたらしており、企業の人手不足問題においても今後更なる外国人移住者を迎え入れる態勢をとっている。現在このまちには約4300人の外国人が住んでおり、生活の中に外国人がいることが当たり前になってきていると感じるが、はたして外国人からこのまちを見たとき過ごしやすい環境になっているだろうか。言語や文化が異なるからこそ、外国人に対してもっと私たちのまちや人を好きになってくれるように、互いに寄り添うことが必要だと感じる。我々は国際交流事業を経験しているからこそ相互理解を培っており、それを発揮するときがまさに今だと感じる。人口減少が加速するなか、今後さらに外国人移住者が増えることを鑑みて、我々が率先して相手に寄り添い、互いの違いを尊重し、偏見や差別のない、多様な人々が安心して暮らせる社会の実現を目指そう。

生きる力

この国には伝統ある美しく、尊いものが多く存在し、その中には目に見える物もあれば目には見えない人の心も含まれる。人の心は幼少期に大半が形成されることから、近くにいる大人の影響を強く受けて育つが、好況や不況といった時代背景にはじまり、所得格差や家庭環境が人格形成に大きな影響を与える。また、今後働き手不足による学校教員の減少や職務の軽減、それに伴う部活動の地域移行などによる教育や体験の格差がさらに進行することが予測される。子どもたちに対して平等な機会を提供し様々な体験をしてもらいたいと願う一方で、自身に与えられた環境で精一杯、前向きに「生きる力」を養う機会が必要と考える。未成年の間は家族や親が守ってくれるものの、社会はいつも厳しく、自身の思い通りにならないことで溢れているなかで、誰かのせいにすることはできず、ひたすらに耐えて乗り越えなければならないことが山ほどある。当然のことながら、時には辛いことから逃げることも必要なのだが、ここぞというときには歯を食いしばって踏みとどまる勇気も必要だと考える。そのためには社会や、ひいては人生において何が大切で何が重要ではないのか、教育現場では十分に学ぶことができないことを我々が子どもたちへ伝えることが必要である。また、様々な情報を誰もが気軽に扱えて世界中に発信することができる現代において、倫理感や道徳心を身につけなければ無意識に人に危害を加えてしまう可能性が危惧される。だからこそ「心の芯」を確立することで、多様性を尊重することができ、価値観を押し付けることのない慈愛の精神が養われる。長野青年会議所はまさに「心の芯」を育てるために子どもたちや親が抱える悩みに対して永きに亘り事業に取り組んできた。いつの時代も子どもは未来の宝であり、次代を担うリーダーとして様々な課題に関心を持ち、成長して欲しいと願いは共通している。長野青年会議所創立80周年に向けて持続可能な社会の実現に向けたスタートを切るために取り組んできた青少年育成事業の活性化事業「NAGANO JC PLAN 80 ~Dream of Youthプロジェクト~」をまちに届けよう。

世界に届ける冬まつり

 長野の冬の風物詩となった長野灯明まつりは本年で第二十三回目を迎える。1998年の冬季長野オリンピック・パラリンピックのレガシーを承継するための事業として先達が情熱と行動力をもって開催した。平和を願う精神は今もなお受け継がれ、寒空のした体を震わせながらも人々の心に暖かな明かりを灯し続けている。一方で、2月は一年の中でも最も気温の低い時期で大雪も降ることから、市民が外出する機会は減少し、観光客も少なく経済が落ち込む傾向にあり、そういった課題を解決するための冬まつりとして開催された側面もある。昨年は5日間で約20万人の来場者が訪れ、善光寺諸堂のライトアップや多数の灯り絵に魅了され、多くの人々が長野灯明まつりを待ち遠しく感じている。灼熱の中汗だくで踊るびんずるまつりが「動」を連想させ、極寒の中艶美な明かりに酔いしれるのが「静」を連想させる長野灯明まつりである。また、開催当初から続いている灯り絵は子どもから大人が楽しみながら制作し、長野市の文化として定着しつつある。灯り絵の魅力をまちへ更に伝播させ、制作者、観覧者の心に温もりを灯してまいりたい。しかし、運営側である我々はどちらのまつりに対しても事業構築から実施まで能動的且つ情熱的に取り組んでいるものの、開催期間の長期化による負担や予算減少による規模の縮小といった課題により全会員が同じ想いで全日を走り抜けることが難しくなっていることも事実だ。今こそ我々がまつり本来の意味を理解する機会を創出し、活気に満ちた事業を展開するとともに、今後も持続可能な運営体制の見直しを進めていく必要があると感じる。そして、静寂の中人々の心に響く事業を実施することでさらに市民に愛されるまつりへと発展し、国内外から注目を集め、長野灯明まつりが真の世界平和を象徴するまつりとなるように、新たな光明を世界に灯そう。

愛する長野

 長野青年会議所は創立以来、明るい豊かな社会の実現に向けて地域課題に取り組み、包摂的かつ活力ある地域社会の実現を目指す事業を展開してきた。代表する事業として長野冬季オリンピックの招致運動をはじめ、長野電鉄の地下鉄化に向けた長野市へ提言の実施、中山間地域活性化を目的とした里山体験施設の運営など、若者ならではの柔軟な発想と情熱が形となった事業が挙げられる。これらの強いインパクトを持つ事業を数多く実現することができたのは、ヤングブルーの精神を灯し、事業構築するうえで「背景」と「目的」を明確にすることを大切にしてきたからこそである。このまちに今、何が足りないのか、どのような課題があるのかを見極めたうえで、どのようなまちにしたいのかという理想を描き、そのために何をすべきかをはっきりさせる必要がある。また、それを言語化・文書化できてこそ、初めて本格的な事業構築が可能になる。だからこそ、どのような手法にも柔軟に対応でき、たとえ想定外の出来事が起きても、揺るがない軸を持って推進することができる。しかし、気を付けなければならないのはその事業は市民が本当に求めているものなのか、我々の独りよがりになっていないか、JCと市民との意識の乖離が生まれないように幾度となく会議と検証を徹底することである。自己都合で場を取り繕い、手法が目的化することがないよう、準備段階から社会の大きな潮流を捉え、1年間のJC運動のストーリーをデザインし、ゴールから逆算して事業や例会を構築し、それに対してヒト、モノ、カネ、オモイ等が自走する仕組みを創ることこそが地域が持続的に発展することに繋がると信じている。若者らしい大胆な発想と市民の声に真摯に向き合う姿勢を大切にしながら、よりインパクトのある事業を展開し「長野青年会議所此処に在り」を力強く示していきたい。このまちには首都圏へのアクセスの良さ、自然豊かな暮らし、そして山岳地帯を活かしたスポーツ競技の盛んさなど、他の地域と比べても優れたものが多く存在しており、こうした強みに着目した事業展開は市民にとってもわかりやすく、郷土愛を育むことに繋がるのではないかと考える。今こそ、我々だからできること、我々にしかできないことを市民と共に考え、行動を起こし、希望をもたらす変革の起点となろう。

故郷の夏まつり

 本年第56回目を迎える長野びんずるは半世紀に亘り市民と共に創り上げてきた長野を代表する夏まつりだ。第1回目から「市民総和楽・総参加」を理念に掲げ、踊り手も観客も運営側も、日々の目まぐるしい生活から解き放たれ、猛暑を感じさせずに皆がそれぞれの楽しみ方に耽る。先達の想いが今も変わることなく承継されているのはまつりがもつ本来の力と魅力なのかもしれない。「まつり」とは神仏に対して感謝を捧げる儀式が起源であり、長野びんずるにおいても善光寺が建立されてから約1400年間絶やさず灯り続けている不滅の常灯明を分火していただき、善光寺如来やびんずる尊者の功徳をまち全体へ広げている。また、長野びんずるは市民祭として始まったまつりであるから、運営側である我々は市民への感謝の想いをまちへ広げ、市民はその想いに応えるかのように踊り、楽しんでいるような姿に捉えることはできないだろうか。こうした想いの連鎖が一体となって、まちに活力を生み出し永きに亘り受け継がれてきた。しかしコロナ禍をきっかけに踊り手の減少が危惧される今、改めてまつりの原点に立ち返り、誰もが心躍るまつりへと昇華させなくてはならない。人々の団体行動に対するハードルが高くなりつつあるが、それぞれの人の心の中にある「踊りたい」と思う高揚感は失われていないと信じている。だからこそ、運営側である我々が伝統あるまつりを誇りに想い、常に新しいことへ挑戦し続ける姿勢こそが、懐かしくもありながら市民に愛され続けるまつりの秘訣なのではないだろうか。そして我々が誰よりもこのまつりを楽しみ、笑顔を市民へ伝播させ、長野びんずるが踊り手、観客、各関係者すべての人の心の故郷となるように一丸となって燃え上がろう。

結びに

 長野青年会議所は本年創立73年を迎え、現在に至るまで情熱的で偉大な先達がこのまちを想い全力で運動に取り組んできた。我々は先達の大きな背中を見て学び、時には叱咤激励を受けながら長野青年会議所の掲げるヤングブルーの精神を今も脈々と受け継いでいる。この循環こそがJC運動でしか得ることのできない尊いものなのだが、近年会員の平均在籍年数は約4年と会員同士で関わる期間が短く、真の意味でJC運動を体感する機会が減少している。もちろん、入会歴が長いからといって必ずしも優れているというわけではなく、途中で活動を休む会員もいれば、入会から一度も立ち止まることなく走り続けている会員もいる。かく言う私も今年で入会9年目となるが、毎年誰かのために全力で取り組んできたかと言われると自信がないのが事実だ。しかし、様々な会員と関わる中で、私は常に多くの方々に支えられ、助けられてきた。その恩を深く感じることができたのは、委員長を務めていたある年の出来事がきっかけである。当時、私は一生懸命作成した議案が修正で赤一色に染まり絶望した。そのような中、当時の副理事長が自身の議案でもないにもかかわらず、寝る間も惜しんで何日も私に寄り添い、共に議案に向き合ってくれた。なぜそこまでしてくれるのだろうか。ただ指示をだしてあとは私にやらせればいいのに。あるいは、理事長や総括副理事長からの評価を気にしての行動なのか、様々な思いが脳裏をよぎった。しかし、その副理事長は予定者の頃から一貫して最後の12月例会まで「俺はお前を男にするために副理事長をやっているんだ。お前も副理事長になったときは委員長が望む存在になれ」とおっしゃっていた。自分が副理事長のとき、委員長に対して理想の上司になれたかはわからないが、今でも当時の言葉を思い出す。私はこの体験から、JCの三信条の「奉仕・修練・友情」を真の意味で理解することができたのだと感じている。まさにJCI Creedに記載してある通り、人類への奉仕が人生最大の使命なのである。JCは見返りを求めるものではなく、人に、組織に無条件で奉仕することが自身の成長に繋がるのだ。今は自分のため、身近な人のためにJCに取り組む会員もいると思うが、それも実に尊い行いである。しかし、JC運動に尽力するなかで、自分自身の価値観の範囲が広がる瞬間は必ず訪れる。そしていつの間にか、誰かのために役立ちたい、私のまちをより良くしたいという社会的使命を帯び始めるのがJCの魔法だ。時を大切に、今この瞬間を仲間と共に歩もう。あなたが勇気を持って踏み出したその先に真理の華が咲き誇るはずだ。

「真華」~時を得るために~
2026年度理事長 若麻績憲義